最高裁判所第二小法廷 昭和44年(行ツ)33号 判決 1974年3月22日
熊本市下通一丁目九番一五号
上告人
株式会社 柏田洋服店
右代表者代表取締役
柏田芳治
右訴訟代理人弁護士
山中大吉
熊本市二ノ丸一番四号
被上告人
熊本西税務署長 谷脇鷹士
右当事者間の福岡高等裁判所昭和四二年(行コ)第四号審査決定取消請求事件について、同裁判所が昭和四四年二月五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人山中大吉の上告理由第一点について。
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠関係に照らし、正当として首肯することができ、その過程に所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。
同第二点について。
所論の点に関する原審の判断は正当である。原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて、原判決を非難するものであつて、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉田豊 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄 裁判官 大塚喜一郎)
(昭和四四年(行ツ)第三三号 上告人 株式会社柏田洋服店)
上告代理人山中大吉の上告理由
第一点 第二審判決は青色申告に関する判断の外は、第一審判決理由の通りと判示した。而して被上告人が主張する簿外所得と称して課税の対象としたものは、上告人は、下通衣料組合の財産でその解散後配分せずしてそのままにしてあつた、純然たる第三者の財産であると主張したのに対し、第一審は左の理由をもって組合の存在を否定して、簿外財産と認定したが、その認定は全く社会通念に反した不法な判断である。
一、第一審判決は「これを要するに原告会社はこれら四名の者(柏田芳市を加えた五名としても実質的には同じことと思われる)によって組織された同族会社にほかならぬことが明らかであるから、つまるところ右原告の主張は、問題の資産が原告の店舗で行われ、原告の役員の支配する原告と同種の営業から生じたものであることをみとめながら、これを原告とは別個の営業主体が生み出した別の資産であるという異例のことを主張していることに帰するわけである」と判示したが、同族会社であればこそ、同一店舗で商行為が行われることは決して異例なことではなく、社長は会社設立当時組合の存在を知らず、これを知つて解散させたものであり、社長も知つて居たとすれば兎も角、代表者柏田芳市が知らないことで、その長男次男縁者が会社の営業所で会社設立前の組合の営業を一部継続するようなことは通常あり得ることである。
二、同「成立に争いのない乙第六号証の一、二および証人河野政司の証言によると、原告は組合の設立は昭和三〇年二月だと主張するけれども、原告が組合の取引だと主張する取引は原告会社の設立後である同年五月二日に開始されている関係になることが明らかである)のであって、同じ店舗で両種類の商品をならべて売るのに営業主体だけを区別する意味があろうとは思われない」と判示したが、昭和三〇年二月一九日金二五〇万円を松山義雄名義の預金から柏田芳治の大垣共立銀行当座預金に送金の事実あり、このことは別件の被上告人が乙第一号証の二として提出した証拠中にあり、その事実は、上告人が昭和四二年一〇月二三日付第二審宛準備書面第一一項に主張して居り、被上告人もこの事実を口頭弁論に於て認めて居るに抱わらず、第一審認定のまま援用したことは審理未尽、判断遺脱の不法がある。
三、更らに第一審は「原告会社が税務当局に対し本件におけるような組合の存在の主張をしはじめたのは国税局における審査の段階に至つてからであつて、更正処分に先立つ査察の段階では全くそのような主張が為された事実はないこと、および問題の資産特に預金はその殆どが偽名のものであること、を肯定するに足りるから、以上のような諸事情を考えあわせると、原告のいう組合なるものは、査察の結果明るみに出てしまつた原告の簿外の資産の帰属者を原告以外に求めるため関係者が苦しまぎれに案出した架空の存在であるとみるのが相当で」と判示したが、査察の段階では、何等そのような質問もなかつたので問題となつて居らず、偽名預金は当時預金奨励の国策にそつて、銀行が預金獲得の手段としたことは公知の事実であり、今日に於ても行われている事実であるが、斯る推論をもつて、簿外資産の否かを判断する理由としたことは、社会通念に反する皮相な見解と言わなければならない。
況や柏田芳市、柏田良子の預金の如きは会社設立前から継続的になされて居ることは証人柏田芳治の証言でも明らかである、そのような、厳然たる事実を全く無視して皮相的見解による判断は不法である。
四、尚第一審は「(右のうち昭和三〇年度期首の預金、金銭信託は原告会社設立前すでに存在したもので、中にはそのまま次の年度以降も存続しているものもあることが同表上明らかであるから、これらが当初個人の資産であつたことはむしろ自明ともいうべきであろうが、前掲小屋敷証人の証言によると、同族会社である原告はその設立に際して役員から株金の払込ないしこれに代わる商品等の現物出資を受けただけではなくかなりの金額の個人の預金等を借受けこれを支配利用し得る状態で発足したものとみられること、そのような関係から設立初年度に関し一定範囲の預金等を原告の簿外預金として計上したについては同金額を原告の借入金として負債にも計上し、単に期間中の資産負債の増減を通算して総資産の増減額だけを原告の簿外の所得又は損失として附加又は控除する扱とした、というのであつて、かかる所得の計算方法は合理的なものとして首肯するに足り、当初これらの預金等が個人資産に属したという事実は何ら被告のした所得計算を不合理ならしめる関係にはならないといえる」と判示したが、同証人の証言は全く想像に過ぎず、具体性がない、仮りに第一審認定のように個人の預金を借り受けてこれを支配利用し得たものとしたら其の借りた金額の入金、支払つた利息、或は利益の分配等、具体的事実が挙示されるべきである。そのようなこともなく、想像的証言をもつて判断の理由とすることは採証の方法に反する違法がある。
第二点 第二審判決は法の解釈を誤り、擬律の法則に反した不法がある。
一、第二審は「一、控訴代理人は、昭和三六年三月三一日に昭和三十三年事業年度分の青色申告承認を遡及して取消してもその効力が生じないと主張するが、旧法人税第二五条第八項(昭和三二年三月三一日法律第二八号による改正分)は、当該法人の備え付ける帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載する等当該帳簿書類の記載事項の全体について、その真実性を疑うに足りる不実の記載があると認める場合においては、その事実があつたと認められる時までさかのぼつて青色申告の承認取消ができる旨を規定しており、引用の原判決認定によると、控訴人は昭和三三年事業年度において偽名等による取引分につき控訴人備え付けの帳簿書類に取引の一部を隠ぺいし又は仮装して不実の記載をしたことが明らかであるから、被控訴人が昭和三六年三月三一日に至り右昭和三三年事業年度にさかのぼつて青色申告承認をしたものであり、右処分は有効である」と判示したが第二審が判示した、旧法人税第二五条第八項にはそのようなことは規定なく、かつ昭和三二年三月三一日には法律第二八号の改正もない。
而かも帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装したと判示したが、被上告人の調査は、帳簿に基いたものでなく、被上告人が作成した別表によるものであり、実質課税の原則(旧税法第七条の三)の立法精神により、あくまでも真実に適合するものでなくてはならない、第一点所論のような皮相な見解により、類推課税することは立法の精神に反する不法がある。
二、更らに第二審は「二、控訴代理人主張のとおり、控訴人の昭和三〇年、三一年事業年度分の青色申告の承認取消はなされていない。旧法人税法第三一条の四第一項(昭和三二年三月三一日法第二八号による改正分)は、「青色申告法人が青色申告書類を提出した事業年度についてその帳簿書類を調査しその調査により課税標準又は欠損金額の計算に誤りがあると認められる場合に限り更正をなすことができる」旨規定し、青色申告の提出があつた事業年度分の更正には当該法人の帳簿書類の調査をもつてその要件としている。従て、間接事実による推計も判断の資料とすることはできるが、帳簿書類の調査をはなれてそれだけによつて更正することは許されないと解せられる。しかし、帳簿書類を調査した結果当該法人の取引に関連して個別的に発見された簿外資産を加算する等直接資料にもとづいて当該事業年度分の所得金額を推認することは、単なる推計課税方式ではなく、前示条項の「その帳簿書類を調査しその調査により課税標準または欠損金額の計算に誤りがあると認められる場合」に当ると認めるのが相当である」と判示し、昭和三〇年、三一年事業年度分は、青色申告が取消されていないことは、第二審も認めるところであるが、第二審は本件の場合、青色申告が取消されてなくても更正は許されると判断した。
それは本件の事案に達する法の適用を誤つた不法がある、全く推計課税方式である。
一、判示の昭和三二年三月三一日には法の改正はない(昭和二九年三月三一日法第三八号か)擬律の違法がある。
二、間接事実による推計も判断の資料とすることができるという判断は、法の解釈を認つた不法がある。
第二審判決も判示するように、勿論帳簿書類の調査をはなれては、如何に間接事実があつても更正はできないが、その間接事実も、その事実を正確に把握せずして、外形事実だけでは更正できない。
例えば間接事実が、期首における預金が一〇〇万円あり期末において預金が一五〇万円となつていた、それのみでは五〇万円に対する課税の更正はできない、その五〇万円の増加の原因が取引によるものか、所持した宝石とか、株券とかを処分したためであるかまで原因を追究せずして、その間接事実により、取引のための増加であると断定して更正は断じてできない。
本件の場合、第一審も第二審も上告人の如何なる帳簿、如何なる書類を調査し、それと間接事実が如何なる関係にあるか、その間接事実の期首、期末の増減が如何なる理由に基くかを具体的に説示せず、被上告人が作成した別表のみを基礎として更正したことを認容したものであり、何等青色申告と白色申告の異るところのない判断をしたことは青色申告に対する法の解釈を誤つた違法がある。
三、要するに第二審判決は、推計課税方式ではないと自己弁護しておるが、青色申告に対する従来の判例によつても『政府が法人に対する青色申告書提出の承認を維持する限り、その更正処分にあたつては、その通知書に、備付書類帳簿のいかなる点にどのような不備欠陥があつて、かく更正せらるべきであるとする理由を帳簿書類にもとづき又これにより更に確実な資料を指示して納税者に理解できる程度に具体的に記載することを要するものと解すべきである。従つて更正理由として単に抽象的に「売上計上洩一九〇、五〇〇」と記載した更正処分は、それだけでは、いかなる記帳にどのような誤りがあるため課税標準が申告にしたがい得ないのであるか、またいかなる資料によつてこれを更正したかが不明であるから、法人税法三二条の要件を充足したものとはいえない』と判示し(前橋地裁昭和三四年八月一〇日判決、昭和三〇年(行)五行集一〇巻八号一五五一頁租判C七六三頁七)其の他仙台高裁昭和三五年九月二六日判決、京都地裁昭和三三年八月六日判決等同趣旨の判例がある。
本件においては上告人の更正決定が其の要件を具備していないばかりでなく、第一、二審とも、これを無視して被上告人の更正を認めたことは、結局推計課税方式によつたものであり、法の解釈と適用を誤つた違法の判決といわなければならない。
以上